KOBELCO書房 第5回

プロフェッショナルの仕事
-知らなかった職業の世界

「世の中、色々な仕事があるものだなあ」。取引先との雑談の中で、あるいはプライベートで、そんな風に感じた経験はないだろうか。私たちは、案外、自身のごく身の回りの世界しか目に入っていないものだ。

知らない世界、馴染みのない業界を手軽に垣間見ることができるのも、読書の醍醐味のひとつである。今まで接点のなかった世界から、自身の仕事にも役立つような新しい知見と発見を得られるかもしれない。異業種の話題の中から、業界の垣根を超えた普遍的な職業哲学や仕事観に出会えるかもしれない。

今回は、読書を通じて出会える、プロフェッショナルたちの仕事ぶりをご紹介しよう。

エグゼクティブの素顔を見てみたい

『ジョブズの料理人 寿司職人、スティーブ・ジョブズとシリコンバレーとの26年』

 (日経BP社出版局/編 外村 仁/序文) 日経BP社 2013/12/9

1985年の開店以来、26年にわたってシリコンバレーで寿司店/会席料理店を続けてきた佐久間俊雄氏。佐久間氏が店を変えても、17年にわたって通い続けたのが、スティーブ・ジョブズだった。ジョブズと料理人・佐久間氏の親交を通して見えてくる「素顔のジョブズ」の姿とは……。

本書は同時に、異国の地で寿司と会席料理を広めようという挑戦の物語でもある。長きにわたり、異国の地で自身の追及する和食へのこだわりを貫いた佐久間氏。そんな彼の起業物語を、ぜひ楽しんでいただきたい。

スティーブ・ジョブズはお気に入りの寿司カウンターの「1番」の席に座り、店内をぐるりと見回すのが好きだった。あるとき、なぜそういったことをするのかと尋ねると、「ここからほかの来店客の様子を見ていると、景気がどうなっているのかよくわかる」と話していた。(P150より)

本書の見所は、なんといっても、佐久間氏の店を訪れる著名人やセレブ、やり手のビジネスマンたちの素顔である。常連客の筆頭はもちろん、スティーブ・ジョブズ。さらに元副大統領のアル・ゴア。リンクトイン創業者のリード・ホフマン。ウインドウズ開発者のモーリス・ビザーリ。キンドル開発責任者のグレッグ・ザー。また、彼らの仕事を支える知的財産専門の弁護士たちと、ベンチャー投資家の面々。確かに、この顔ぶれを迎える「桂月」の賑わいは、そのままシリコンバレーの景気のバロメーターでもあっただろう。

彼らに佐久間氏が向ける視線には、いずれも深い尊敬と親しみが入り混じっている。読み進めるうちに、なんとも言えず温かい気持ちになるのも、そのせいだ。

佐久間氏は、スティーブ・ジョブズを「世界のアップル」を率いるカリスマ、稀代の天才として畏敬する一方で、こうも回想している。「スティーブにも夫、父親、もしくは一経営者としてごく普通の一面があって、そこがとても好きだった」と。

シリコンバレーに長年住んでいると感じるのは、国土が広い米国にありながら、それを感じさせない“人口密度” の高さだ。趣味や興味、関心の似通った多くの人が一所に集まっている。
この密度の高さが様々な縁を育み、大小さまざまな奇跡を生んでいるのではないだろうか。(P196より)

佐久間氏自身もまた、1985年以来、景気の波を何度もくぐりながら、「スシヤ」「トシズ・スシヤ」「桂月」と次々に店舗を展開し、四半世紀も異国の地でこだわりの和食店を維持し続けた、稀な経営者である。佐久間氏の事業展開のキーワードは、シリコンバレーの起業家たちと同じ「Think Different」。時流を読み、すばやく判断し、失敗を恐れず挑み続ける。そんな佐久間氏の姿を、カウンターを挟んで至近距離で向かい合ってきた常連客たちのほうは、どのように見ていたのだろうか。

2011年、佐久間氏が店を閉める決心をしたとき、ジョブズは佐久間氏にアップルのカフェテリアで働かないかと誘いをかけたという。業界も、営業規模も、影響力も異なる二人だが、同じ時代を生きた戦友のように、どこか通じ合うものがあったのだろう。店主と客の関係を超えて築かれた縁の深さに、胸が熱くなる一冊だ。

故人との「別れ」を助けるプロフェッショナル

『遺品整理士という仕事』

(木村榮治/著)平凡社新書 2015/3/13

故人の持ち物を片付ける「遺品整理」。しかし、少子高齢化社会を迎え、また家族のありかたが変化していく中で、遺族の手で遺品整理を行うことの難しい状況が生まれつつある。

現代日本の社会状況を受けて、今、遺族の心に寄り添い、よい「お別れ」を助けるプロフェッショナル「遺品整理士」の仕事が脚光を浴びている。家族の思い出を守ることは、残された遺族の心の整理にもつながるという。本書では、そんな遺品整理士の仕事の神髄を垣間見ることができる。

たとえば、あなたの死後のことを想像してみてほしい。故人に近しい親族ほど、悲しみに沈んで故人を悼む暇はほとんどないのが現実だ。現代の「遺族」は忙しい。身近な人の死によって、ただでさえ通常の精神状態ではいられないのに、葬儀や諸々の手続き、そして故人の住まいと遺品の整理に追われることになる。

その頃には配偶者も高齢になっていて、遺品の片付けに難儀するかもしれない。息子や娘たちは、まだまだ仕事、子育て、介護に追われて忙しい年代であろうし、遠く離れて暮らしている場合だって少なくはないだろう。「遺族の手で遺品整理を行う」という、かつては当たり前だったはずのことにも、いくつもの困難が伴う時代になってしまった。

中には、遺品整理がビジネスとして扱われることに抵抗を感じる方もいるだろう。しかし、考えてみてほしい。2020年以降、日本では、人口のボリュームゾーンである団塊世代が後期高齢者に差しかかる。人々の生き方や家族のあり方が変化し、未婚、離婚、死別などによる単身世帯も増加の一途である。遺品整理士の仕事は、いまや、超・少子高齢化時代を迎える日本社会全体が強く求めるものだ。

遺品整理の基礎となるのは、「遺族は自分たちでやりたいのにできない状況にある。だから遺族の代わりに、イコール遺族のつもりになって遺品整理に臨まねばならない」という信念です。(P59)

本書では、遺品整理士の仕事ぶりだけでなく、遺品整理士の業務範囲と依頼のポイント、遺品の供養・処分・売却を行う時に気をつけたいこと、生前整理の必要性など、多くの実務にも触れている。これだけの多岐にわたる問題を、短期に処理せねばならないとなれば、親身に対応してくれるプロフェッショナルの存在はとても心強いものになるだろう。

そして興味深いのは、これが、同じように少子高齢化の進む中国や韓国に対する、国際的なビジネスチャンスでもあるという話題である。

その道筋は、「日本病」などと言われるように、日本が辿ってきた、そして辿ってゆくもの。その情報を他国へ提供し、またサービス教育のため国外へ参入していくことができれば、それは新たな国際ビジネスへとつながります。(P197)

昨今は、介護や葬儀の世界でも同様のことが言われている。確かに日本は、これらの分野の「先進国」になり得る状況にあるだろう。悲観することはない。それは、個人にとっても社会全体にとっても、来るべき未来への備えであり、希望でもあるのだ。

『マンガ熱: マンガ家の現場ではなにが起こっているのか』

(斎藤 宣彦/著) 筑摩書房 2016/7/25

マンガの面白さとは何か。ちばてつや、大友克洋、荒川弘、田中相……。ベテランから気鋭までのマンガ家たちが、マンガの〈現場〉を語るインタビュー集。聞き手を務める著者もまた、文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員(2012~2015年)、SUGOI JAPAN Awardマンガ部門のセレクター(2014年~)など、幅広くマンガ関係の仕事を手がける第一人者だけに、マンガ家たちとの突っ込んだやり取りも面白く、他では読むことのできないような踏み込んだ内容が飛び出してくる。自作品の評価と解釈はもちろん、製作秘話や編集者とのよもやま話、少年時代に愛読した懐かしの作品の思い出話まで。懐かしい80年代マンガ(特に少年マンガ)も数多く登場し、マンガ製作の舞台裏をのぞき見ることができる。

(文:石田祥子)

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