わが国におけるマグ溶接(含む炭酸ガスアーク溶接)用フラックス入りワイヤは1980年代前半から各種産業分野で高能率かつ優れた溶接作業性等の技術的特徴を評価され、溶接施工の合理化および省人化に応える溶接材料として適用拡大が進んでいる。特に造船や橋梁分野では全姿勢溶接用フラックス入りワイヤやすみ肉溶接用フラックス入りワイヤ等部材に合わせて多様なフラックス入りワイヤが適用されており、鉄骨・鉄構等多くの産業分野でも使用が拡大してきている。
当社ではこれまでに、フラックス入りワイヤの品質・性能に対する改良・改善要望に応えヒューム・スパッタの低減や耐気孔性の向上など品質・性能の向上に貢献してきた。昨今、特に溶接工数の低減や手直しの削減など、生産コストの低減・削減に対する要望は高い。このため、当社では更なる高品質化・高能率化を目指した技術開発への取組みを進めている。
本稿では、今後フラックス入りワイヤの更なる適用拡大が進むと考えられる鉄骨・鉄構分野を対象にした特長ある下向・水平すみ肉溶接用フラックス入りワイヤFAMILIARC™MX-Z50F、FAMILIARC™DW-50BFを紹介する。
表1にワイヤ諸元および規格を示す。 FAMILIARC™MX-Z50Fは、黒皮鋼板に適した下向・水平すみ肉溶接用炭酸ガスアーク溶接用フラックス入りワイヤであり、該当規格はJIS Z 3313 T 49J 0 T1-0 C A-Uに分類される。
種類 | 炭酸ガスアーク溶接用 フラックス入りワイヤ |
---|---|
適用鋼種 | 軟鋼、490MPa級高張力鋼 |
電源特性 | DCEP |
適用姿勢 | 下向および水平すみ肉 |
該当規格 | JIS Z 3313 T 49J 0 T1-0 C A-U |
ワイヤ径 | 1.2mm、1.4mm |
FAMILIARC™MX-Z50Fの効果と特長を以下に示す。
1) 脚長4~7mmの水平すみ肉溶接において、ビード止端揃いに優れ、滑らかな形状が得られる。
2) 黒皮鋼板に対して従来スラグ系フラックス入りワイヤよりもビードのなじみが優れる。
3) ビード止端部を含め、スラグはく離性が良好である。
表2にスラグ包皮状態およびスラグはく離状態の一例を示す。従来のすみ肉溶接用フラックス入りワイヤよりもスラグはく離性が向上しており、溶接後のスラグ包皮状態においては一部自然はく離していることが確認できる。さらにスラグ除去後のビードにはスラグ焼付きやビード止端部でのスラグ残存は見られず、良好なビード外観が得られている。溶接後のエアーチッパー等によるスラグ除去作業の負荷低減に寄与するものと考えられる。
また、従来のすみ肉溶接用フラックス入りワイヤでは、等脚かつアンダカット、オーバーラップ等溶接欠陥のないビード形状を得ようとすると、凸ビードや2段ビードになりやすく、フラットかつ良好なビード形状が得られる範囲は狭かった。それに対し、FAMILIARC™MX-Z50Fでは、スラグ形成材の組成・量の最適化に加え、フラックス率(フラックスの重量/ワイヤ重量(%))、アーク安定剤の量/種類の最適化により、更にアークの広がり・安定性を向上させ、良好なビード形状を実現している。
表3にFAMILIARC™MX-Z50Fの水平すみ肉溶接における溶接条件、表4にビード外観および断面マクロ一例、図1にフランク角概略図を示す。溶接速度400~800mm/min、脚長範囲4~7mmにおいて、良好なビード外観およびフラットなビード形状が得られている。
溶接電流(A) | アーク電圧(V) |
---|---|
280 | 35 |
36 |
溶接速度(mm/min) | ワイヤ狙い位置(mm) (立板からの距離) |
---|---|
400 | 3.0 |
600 | 2.0 |
800 | 1.0 |
注1)供試ワイヤ:FAMILIARC™MX-Z50F、 ワイヤ径:1.2mm
注2)供試鋼板:JIS G 3106 SM490A、板厚12mm、黒皮鋼板
注3)トーチ角度:45°
注4)シールドガス:100%CO2、25ℓ/min
表5にJIS Z 3313に準じて確認した溶着金属性能を示す。FAMILIARC™MX-Z50Fの溶着金属の機械的性質は 490MPa級高張力鋼用として十分な性能を有している。
機械的性質 | |||
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耐力(MPa) | 引張強さ(MPa) | 伸び(%) | 吸収エネルギー(0°C、J) |
530 | 600 | 24 | 60 |
化学成分(mass%) | ||||
---|---|---|---|---|
C | Si | Mn | P | S |
0.04 | 0.70 | 1.35 | 0.010 | 0.008 |
表6に適正溶接電流範囲を示す。FAMILIARC™MX-Z50Fは従来すみ肉溶接用フラックス入りワイヤと同様に低電流から高電流まで広範囲な電流域で溶接が可能である。
ワイヤ径(mm) | 1.2 | 1.4 | |
---|---|---|---|
電流範囲(A) | 下向すみ肉 | 150~350 | 180~400 |
水平すみ肉 | 150~300 | 180~350 |
注)FAMILIARC™MX-Z50Fの水平すみ肉溶接における脚長6mmの溶接条件一例
溶接電流:280A、溶接速度:400~500mm/min
表7にワイヤ諸元および規格を示す。FAMILIARC™DW-50BF(BF: Big Fillet)は、大脚長水平すみ肉溶接用として開発された炭酸ガスアーク溶接用フラックス入りワイヤであり、該当規格はJIS Z 3313 T 49J 0 T1-0 C A-Uに分類される。
種類 | 炭酸ガスアーク溶接用 フラックス入りワイヤ |
---|---|
適用鋼種 | 軟鋼、490MPa級高張力鋼 |
電源特性 | DCEP |
適用姿勢 | 下向および水平すみ肉 |
該当規格 | JIS Z 3313 T 49J 0 T1-0 C A-U |
ワイヤ径 | 1.2mm、1.4mm |
FAMILIARC™DW-50BFの効果と特長を以下に示す。
1) 1パス溶接において、10~11mmの脚長が得られる。
2) 波目の揃った光沢のあるビードが得られる。
3) 優れたスラグはく離性を有する。
従来のすみ肉溶接用フラックス入りワイヤにおける1パス溶接では、脚長8mmが限界であり、それ以上の脚長を得ようとすれば、凸ビードやアンダカットが発生するなどの問題があった。そのため、それ以上の脚長要求に対して、多パス溶接を余儀なくされていた。FAMILIARC™DW-50BFでは、スラグ形成材の組成・量の最適化に加え、溶接金属の粘性、流動性を調整し単電極かつ1パスで10~11mmの大脚長かつ平坦なビード形状を得ることができる。ビード揃いも良く、光沢のあるビード外観を得ることができる。また、スラグはく離性については、自然にはく離するため、極めて良好である。
表8に水平すみ肉溶接におけるビード外観、ビード形状を示す。ワイヤ径1.2mm、 1.4mmともに平坦かつ良好なビード外観およびビード形状が得られている。
図2に溶接速度と脚長の関係を示す。ワイヤ径1.2mm、1.4mmともに適切な溶接条件により脚長10mm以上が得られる。
表9にJIS Z 3313に準じて確認した溶着金属性能を示す。 FAMILIARC™DW-50BFの溶着金属の機械的性質は490MPa級高張力鋼用として十分な性能を有している。
機械的性質 | |||
---|---|---|---|
耐力(MPa) | 引張強さ(MPa) | 伸び(%) | 吸収エネルギー (0°C、J) |
490 | 580 | 25 | 80 |
化学成分(mass%) | ||||
---|---|---|---|---|
C | Si | Mn | P | S |
0.04 | 0.59 | 1.69 | 0.012 | 0.010 |
表10に適正溶接電流範囲を示す。 FAMILIARC™DW-50BFは、従来のすみ肉溶接用フラックス入りワイヤと同様に低電流から高電流まで広範囲な電流域で溶接が可能である。
ワイヤ径(mm) | 1.2 | 1.4 | |
---|---|---|---|
電流範囲(A) | 下向すみ肉 | 200~350 | 250~400 |
水平すみ肉 | 200~350 | 250~400 |
今回紹介した鉄骨・鉄構分野向けに開発された下向・水平すみ肉溶接用フラックス入りワイヤFAMILIARC™MX-Z50F、FAMILIARC™DW-50BFは、いずれも良好な溶接作業性を有しつつ、それぞれ特長のある製品となっている。
このような特長により、鉄骨・鉄構分野を中心に下向・水平すみ肉溶接の高品質化、高能率化に貢献できると考えている。