KOBELCO書房 第7回

災害多発列島に暮らす~防災特集

防災対策の最前線は、移り変わっている。昨日までの防災の“常識”が、いつまでも通用するとは限らない。常に最新の情報に対するアンテナを張り巡らせておくことが、自分や家族の命を守ることに、また業務上のリスクマネジメントの精度を高めることにも結びついていく。

2011年3月の東日本大震災の被害を受けて、新たに11月5日が津波防災の日と定められたことをご存知だろうか。秋は、読書の好機であるとともに、防災を見直す季節でもありたいものだ。今回は、東日本大震災「以降」に発売された新鋭の書籍の中から、さまざまな切り口で“防災”を取り上げた選書をご紹介する。

“子どもたちの犠牲者ゼロ” を生んだ危機管理術

『釜石の奇跡 どんな防災教育が子どもの“いのち”を救えるのか?』

(NHKスペシャル取材班/著) イースト・プレス 2015/1/17
『釜石の奇跡 どんな防災教育が子どもの“いのち”を救えるのか?』

大津波に襲われながらも、子どもたち全員が生き延びた岩手県の釜石小学校。 “子どもたちの犠牲者ゼロ” を実現した背景には、震災前から取り組み続けた防災教育があった。

2012年9月1日に放映されて以来、大きな反響を呼び、アメリカ・ドイツ・中国など国内外でさまざまな賞を受賞したNHKスペシャル「釜石の“奇跡” いのちを守る特別授業」。当時放送された内容に追加取材を加えて書籍化された本書は、危機管理術として防災教育を学ぶ企業にとっても示唆に富んだ一冊である。

「本書で紹介される事例は、俗に“釜石の奇跡” と呼ばれる。だが、読み進めるにつれて、「これは奇跡なんかではない。子どもたちが適切な防災教育を受けた結果、知識と直感に基づいて自分の命を守ったにすぎない」という思いが深まっていく。

たとえば、小学校3年生の大喜くんは、震災発生時にひとりきり、自宅で留守番をしていた。震災が発生したとき、大喜くんは、学校で先生から教わった言葉を思い出したという。「お父さんやお母さんのことを考えないで、自分ひとりでも生き延びろ」。

そのころ、母の裕子さんは、まっすぐに避難所に向かっていた。放課後の予定を聞いておらず、このとき、大喜くんの所在はわからなかった。だが「大喜は避難している」、そう信じたのだという。裕子さんは、避難先で大喜くんと合流。家族は全員、無事だった。

これまで何度も津波の被害を受けてきた東北地方には、「津波てんでんこ」という言葉が残されている。「津波のときは家族のことを気にせず、てんでんばらばらに逃げろ」という教えだ。(P53)

釜石小学校では、同様に「子どもを捜しに行かなかった」保護者が少なくなかった。また子どもたちのほうも「お父さん、お母さんは絶対に逃げている」と信じていたそうだ。

この、釜石の奇跡を「危機管理の本質」と評価する専門家がいる。本書では、日本を代表する経済学者の一人、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏のコメントが紹介されている。マネジメントは「サイエンス(分析)」の領域だと一般には考えられているが、「アート(直感・感覚)」の面もあり、双方のバランスが大切だという。

「防災教育をコミュニケーション・デザインととらえ、合意形成を重視したことも非常に重要です。生き方に関わる合意形成は、単なる知識の押し付けでは達成できません。相手の視点に立ち、全人的に相手と向き合い、心の機微に触れ、互いに得た暗黙知(経験や勘に基づく知識のこと)を言葉で再構成して、対話を重ねていくことが必要です。この合意形成の仕方も感覚的な『アート』の世界です」。(P247より)

被害想定やマニュアルによって多くの命が守られるのは確かだが、何より「想定外の危機」が起きたときのリスクマネジメントこそ、真に、私たちが取り組まねばならないものだ。

私たちを襲う危機は自然災害だけに限らない。経済危機かもしれないし、事故や感染症かもしれない。そのとき、津波避難の三原則「想定にとらわれるな」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」の文言を思い返してほしい。釜石の防災教育が伝えるものは、単なる一地域の防災を超えて、企業や社会のマネジメントの本質にも触れ得るものなのである。

災害流言という“人災” から身を守る

『検証 東日本大震災の流言・デマ』

(荻上 チキ/著)光文社新書 2011/5/17
『検証 東日本大震災の流言・デマ』

流言やデマはどのように生まれ、どのように広がるのか? チェーンメールやSNSでの拡散が、災害流言という人災を招く! 東日本大震災の後に広がったデマの数々、「有害物質の雨が降る?」「被災地で外国人犯罪が増えている?」「関西電力の節電呼びかけチェーンメール?」「ヨウ素入りのうがい薬は放射性物質に効く?」など、豊富な実例と共に各事例を検証する。

ことの真偽を確認するにはどうすればいいのか? 流言・デマが広がるメカニズムを解説し、ダマされない・広めない基礎知識を伝授する。これからの時代の、新しい「災害対策」。

平時ならともかく、災害発生直後の緊急時には、真偽不明の膨大な情報が交錯する。そんなとき、情報の取捨選択をするための手がかりとなってくれるのは、案外「待てよ、似たようなニセ情報の話を前にどこかで読んだっけ?」という既視感のようなものだったりする。

感染症対策では、個人免疫の観点だけでなく集団免疫の観点が重要なように、流言やデマに対する抵抗力を持つ人が増えることが、社会全体にとって有益になるという視点も重要なのです。(P23より)

本書には、東日本大震災の後に広がった流言やデマの「実例」が、事後分析とともに多数収録されている。ということは、本書の「事例集」は、さながら「予防接種」というわけだ。

ひとつ、具体的な例を挙げよう。「○○が救援物資を募集している」というチェーンメールである。自治体や省庁の具体的な窓口や送り先を記した上で、「物資が足りないので、送ってほしい」と各個人に訴えかけるものである。このタイプのチェーンメールは、有名人のブログなどにも転載されて大きく広がったため、現物を目にした方も多いのではないだろうか。

災害発生直後には、国や企業による大口の物資輸送などを優先し、個人からの物資の受付は後回しにするのが定石だ。個人からの物資提供を受け入れると、物資の受付や分別、配送などに多くの人手を割かねばならないし、現地の物流にも大きな負担をかけてしまう。純粋な善意で行動したつもりが、実際には流言に乗せられて、かえって被災地に迷惑をかけてしまうケースも多く見られたという。

なお、こうした状況を受けて防衛省のサイトには、3月16日の時点で、原則として救援物資の提供は個人を除く旨が追記された。

チェーンメールや拡散ツイートを見たら、まず広げずに「止める」。そしてその内容が確かなものかどうか、検索サービスを活用して「調べる」。その際はあえて「キーワード+デマ」など、疑っている側の意見を意図的に取得することも重要です。(P201)

流言もデマも、その流布自体を防ぐ手立てはない。特に、非常事態の隙を突くように広がって、被災地に実害を及ぼすような流言やデマは、もはや、現代の災害対策において決して見逃すことのできない“新たな脅威” だと言える。

だとすれば、次の一手は、最新の災害対応について情報を常に更新しながら、過去の事例に数多く触れて学んでおくことだ。そうすることが自らの「流言耐性」を高め、自分が、家族が、そして自分の所属するコミュニティが被るダメージを最小化することにつながっていくのである。

『4コマですぐわかるみんなの防災ハンドブック』

( 草野かおる/著 渡辺 実 /監修) ディスカヴァー・トゥエンティワン 2014/7/31
『もしアドラーが上司だったら』

 3.11東日本大震災をきっかけに話題となった、4コマ漫画防災ブログを書籍化した一冊。

地震、津波、台風、ゲリラ豪雨、土砂崩れ、原発事故……。本書では、もしもの時に役に立つ防災の知識や知恵を4コマ漫画で紹介している。生死を分ける場面での身の守り方から、避難所生活に移ってからの生活用品や調理の工夫、衛生管理、メンタルケアにいたるまで、防災知識の広い範囲を網羅しており、これ一冊で、一通りの知識を身に付けることができる。また、なんといっても優しい絵柄と平易な言葉づかいで、サッと読めるのがいい。大人はもちろん、子どもにも簡単に理解できる内容だから、ぜひ、家族の集まるリビングに備えておきたい。

(文:石田祥子)

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