技術レポート (Vol.61 2020-1)

高張力鋼用 SR対応高じん性フラックス入りワイヤ
TRUSTARC™DW-A62LSR


加納 覚
(株)神戸製鋼所 溶接事業部門 技術センター 溶接開発部

1. はじめに

球形タンクや圧力容器などの建造では、溶接により導入される残留応力の低減、じん性や疲労特性向上を目的に、溶接後熱処理(Post Weld Heat Treatment、以下PWHTという)が施される。近年のエネルギー需要増大に伴う構造物の大型化、高圧力化により、適用される鋼材、溶接材料の高強度化が進められているが、610MPa級高張力鋼(以下、HT610と表記)用以上のルチール系フラックス入りワイヤにおける溶接金属では、PWHT後にじん性が大きく低下する。その要因としては、不純物元素のNb、Vによる炭化物形成、析出硬化が一因と考えられているが1)、HT610鋼用以上の溶接金属においては、これら不純物元素の低減だけではPWHT後に十分なじん性が得られず、さらなる組織制御によるじん性向上が課題であった。その課題を解決するために、神戸製鋼では鋭意研究を重ね、新ワイヤTRUSTARC™DW-A62LSRを開発した。TRUSTARC™DW-A62LSRは、DWワイヤの特徴である良好な溶接作業性を継承しつつ、PWHT後のじん性を飛躍的に向上させた全姿勢溶接が可能なHT610級鋼用混合ガスアーク溶接フラックス入りワイヤである。本稿では、TRUSTARC™DW-A62LSRの諸性能について紹介する。


2.ワイヤ諸元および該当規格

TRUSTARC™DW-A62LSRの諸元および該当規格を表1に示す。TRUSTARC™DW-A62LSRは混合ガス(Ar-20%CO2)をシールドガスとし、溶接電源は、汎用の直流電源が使用できる。TRUSTARC™DW-A62LSRは、全姿勢溶接用のルチール系フラックス入りワイヤであり、AWS A5.29E91T1-GMに該当する。


表1TRUSTARC™DW-A62LSRの諸元および該当規格

ワイヤタイプ 混合ガス(Ar-CO2)用フラックス入りワイヤ
用途 HT610級低温用鋼(-40℃仕様)向け
電源の極性 DC-EP
溶接姿勢 全姿勢対応
該当規格 AWS A5.29 E91T1-GM
サイズ 1.2mm


3.ワイヤの諸性能

TRUSTARC™DW-A62LSRの諸性能を以下に示す。PWHT後においても良好な低温じん性を確保するため、C、Si、Mn、Ni、Mo、TiおよびBなどの各種合金元素の影響を明確化して、溶接金属ミクロ組織の最適化を図った2), 3)。AWS A5.29に準じて確認した溶着金属化学成分を表2に示す。


表2 溶着金属の化学成分 (mass%)

C Si Mn P S Ni Others
0.05 0.14 1.29 0.007 0.008 2.59 Mo,Ti,B

3.1 PWHT条件と溶着金属の機械的性質の関係

溶接のまま(各図中ではAWという)およびPWHT後の機械的性質を図1および図2に示す。異なるPWHT条件における機械的性質の評価には、ラルソンミラーによるパラメータ(以下、L.M.Pという)を用いた。溶着金属の引張性能は、AWで引張強度が620MPa(90ksi)以上、L.M.P =18.7×103に相当するPWHT後では586MPa(85ksi)以上である。また、AWでは-60℃、PWHT後では-40℃までの衝撃性能が良好であり、安定したじん性を有している。

図1 L.M.PとTS(引張強さ)および0.2%PS

図1 L.M.PとTS(引張強さ)および0.2%PS
(0.2%耐力)の関係
L.M.P: ラルソンミラーパラメータ
= T(20+log t)
(T: 温度 [K]; t: 保持時間 [hour])

図2 L.M.Pとシャルピー吸収エネルギーの関係
図2 L.M.Pとシャルピー吸収エネルギーの関係

3.2 溶接条件と溶着金属の機械的性質の関係

溶接金属の機械的性質を支配する因子として、板厚、入熱量、予熱温度などの各種溶接条件パラメータがあるが、それらの影響を包括的に表すことができるものとして、冷却速度がある。540℃における冷却速度(ローゼンタールの式による推定値)とTRUSTARC™DW-A62LSR溶着金属の機械的性質との関係をAWおよびPWHT後(620℃×2hours)の両方で評価した結果を図3、図4にまとめる。なお、ここでの試験結果は、板厚20mm、予熱・パス間温度が100~150℃であり、冷却速度10~40℃/secは、入熱1~2kJ/mm程度に相当する。この冷却速度範囲では、図4のとおりTRUSTARC™DW-A62LSRは、AWで-60℃、PWHT後では-40℃において良好な衝撃性能を有している。

図3 AWおよびPWHT後の540℃における冷却速度と TS(引張強さ)および0.2%PS(0.2%耐力)の関係

図3 AWおよびPWHT後の540℃における冷
却速度とTS(引張強さ)および0.2%PS
(0.2%耐力)の関係
実線: AW, 破線: PWHT後
(620℃×2hours;L.M.P = 18.1×103

図4 AWおよびPWHT後の540℃における冷却速度とシャルピー吸収エネルギーの関係

図4 AWおよびPWHT後の540℃における冷
却速度とシャルピー吸収エネルギーの関係
実線: AW, 破線: PWHT後
(620℃×2hours; L.M.P = 18.1×103


4.継手性能

4.1 試験方法

下向溶接(1G)、横向溶接(2G)および立向上進溶接(3G)の3姿勢で板厚60mmの両面多層溶接継手を作製し、AWおよびPWHT後(620℃×8hours)の溶接金属の性能確認を実施した結果を示す。供試鋼板として、HT610MPa級の鋼板を用いた。開先形状および溶接条件を表3に示す。入熱量は、約1~2kJ/mmとし、表側溶接後、機械加工を行い、裏側の溶接を行った。


表3 開先形状および溶接条件

使用ワイヤ TRUSTARC™DW-A62LSR (1.2mm)
母材 HT610MPa級鋼板 (板厚60mm)
開先形状 表側を溶接後、
裏側を機械加工により
開先角度50°で
深さ35mmまで切削
溶接姿勢および
溶接パラメータ
(1) 下向 (1G): 270A-28V (1.2kJ/mm)
(2) 横向 (2G): 260A-28V (0.8kJ/mm)
(3) 立向上進 (3G): 220A-24V (2.4kJ/mm)
PWHT条件 AWおよび620℃×8hours
(L.M.P =18.7×103)
予熱・パス間温度 90-110℃ (予熱温度)
140-160℃ (パス間温度)
シールドガス 80%Ar-20%CO2; 25liter/min


4.2 試験結果

溶接金属におけるAWおよびPWHT後(620℃×8hours)の引張試験結果および衝撃試験結果の一例を表4に、溶接継手の断面マクロを図5に示す。引張強さは、AWおよびPWHT後(620℃×8hours)でいずれも620MPa以上であり、HT610MPa級鋼用溶接材料として適用可能である。また、AWでは-60℃、PWHT後では-40℃においていずれの溶接姿勢でも優れた衝撃性能を有する。

なお、表4は、t/2(板厚中央)のみの結果だが、表側および裏側でも同等の良好な結果が得られている。


表4 溶接継手の機械的性質 (試験片採取位置: t/2)

溶接
姿勢
PWHT
条件
引張性能 衝撃性能
0.2%耐力
[MPa]
引張強さ
[MPa]
伸び
[%]
絞り
[%]
シャルピー吸収エネルギー [J]
-60℃ -40℃
下向
(1G)
AW 713 748 22 66 67 81
PWHT*1 627 692 22 68 41 61
横向
(2G)
AW 722 752 22 64 81 91
PWHT*1 678 721 27 66 47 62
立向
上進
(3G)
AW 640 706 24 70 61 90
PWHT*1 619 686 28 66 31 64

*1 PWHT: 620℃×8hours


下向(1G)下向(1G) 横向(2G)横向(2G) 立向上進(3G)立向上進(3G)

図5 溶接継手の断面マクロ


4.3 溶接金属ミクロ組織

表3に示す立向上進溶接(3G)における溶接金属原質部のAWおよびPWHT後(620℃×8hours)のミクロ組織を図6に示す。

観察位置 AW PWHT
(620℃
×8hours)
表側
t/2
(板厚中央)
裏側

図6 立向上進溶接(3G)における溶接金属原質部のミクロ組織


AWでは、表側、t/2(板厚中央)および裏側のいずれの位置においても、溶接金属は粒界フェライトが抑制され、結晶粒が微細化されている。一方、PWHT後では一部の結晶粒が粗大化する傾向にあるものの、微細な結晶粒が残存しているため、PWHT後においても、前述のような優れた衝撃特性を確保できる。


5.施工上の注意点

溶接施工に際しては、以下の点に留意する必要がある。

①高強度鋼の溶接となるため、板厚・鋼種などに応じた予熱・パス間温度管理により、遅れ割れ(低温割れ)を防止する措置が必要である。また、強度・じん性を確保する上でも、予熱・パス間温度管理は不可欠な因子である。

②シールドガスの流量不足などによる、シールド効果の低下や、防風対策が不十分な場合にブローホールなどの溶接欠陥が発生するほか、溶接金属中の窒素量増加の原因ともなる。溶接金属中の窒素量増加は、溶接金属の機械的性質(じん性)を著しく劣化させるため、十分なシールド性確保が必要である。


6.おわりに

各種構造物の大型化に伴う母材の高強度化要求は、ますます高まりをみせており、溶接材料の選定基準においては、高強度化・高じん化要求への対応に加えて、溶接後のPWHTへの対応可否も重要な判断材料になるものと想定される。

本報では、当社で新たに開発したPWHT対応のHT610級のフラックス入りワイヤTRUSTARC™DW-A62LSRを一例として取り上げたが、多様な溶接施工を考慮すると、フラックス入りワイヤ以外のPWHTに対応した溶接材料の開発も望まれるところである。当社では、引き続き様々なニーズを想定して、研究開発を継続する次第であるが、今回紹介した溶接材料が各ユーザにおけるものづくりの幅を広げることに貢献できれば幸いである。


参考文献

1) T. Suga, K. Ikemoto, M. Konishi, T. Kurokawa and K. Hosoi: “Toughness of Weld Metal by MAG Welding Flux-Cored Wire for Low Temperature Service Steel” , IIW Doc. XII-1492-97 (1997).
2) 加納、北川、笹倉、末永ら:ルチール系フラックス入りワイヤを用いた高強度低合金溶接金属のPWHT後じん性の改善, 溶接構造シンポジウム論文集(2017),p.551
3) 末永、松下、岡崎、原:低温仕様高張力鋼用溶接材料における高じん性化, R&D神戸製鋼技報, 2004,Vol.54, No.2, p.38



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