現代の暮らしになじむ、新感覚の和文具を

Vol. 06

配色の魅力で“古典柄”を再定義する

株式会社 尚雅堂 代表取締役

松尾 安浩さん

Profile
1964年に京都で創業した、株式会社尚雅堂二代目。尚雅堂は、創業当時の色紙短冊や和本帖を主体としたラインナップから、高品質の国産和紙が魅力の和文具や雑貨、インテリアへと活躍のフィールドを広げている。

手捺染による友禅紙の製造

友禅紙とは、着物で広く知られる友禅染の華やかな柄を染め付けた和紙のことだ。和紙を染めるのに用いられる技術は「手捺染」と呼ばれる。和紙の上に型枠を置いて、型枠に注いだ顔料を専用のヘラで取り、上から下に向かって一息に擦り込むようにして染めつけていく。擦り込む回数は、紙一枚、一色につきたった一度だけで、やり直しや修正はできない。職人らが色ごとに型枠を取り換え、色を替えながら同じ作業を繰り返すことで、多色版画のように紙の上に色が重なって柄を形づくっていく。国産和紙の上質感と、伝統的で普遍的な柄の美しさ、自由度の高い色彩が魅力の友禅紙。尚雅堂によるモダンな配色の友禅紙の数々は、私たちの現代生活にワクワクするような彩りを添えてくれる。

“新商品”と“流通経路”という2つの課題

尚雅堂は、全国の書道専門店や画材店、文具店に色紙や短冊、和本帖など和紙製品を供給する卸問屋として1964年に創業した。当初は書画分野の専門的な商品を扱うことから、安定した需要に支えられてきた。

一般的に、文具は単価が低く配送などの諸経費がかさむため、継続的な地域への商品供給と流通においては各地域にある文具問屋が重要な役割を果たしてきた。ところが、昭和から平成へと時が進むにつれて、オフィス用品や文具の直接販売を全国展開する通信販売サービスが台頭するようになる。

尚雅堂・松尾安浩さんは「昭和の頃は、小学校の校門前には必ず昔ながらの文房具店があって、その店頭には数箱分の色紙や短冊が置かれていたものだったんですが……」というが、この大型通販サービスの登場によって、業界は大きく揺らいだ。地域の小さな文房具店の数々も、廃業を余儀なくされた。会社の後継ぎとして尚雅堂へ入社した松尾さんにとって、昭和から平成、令和へと時を経るにつれ、事業を維持することへの危機感は高まるばかりだった。

「会社には、色紙・短冊に代わって次の柱になれる商品が必要でした。ただ、良い商品を開発するだけでは十分ではなくて、その商品をお客さんにいかに広く継続的に届けるのか、流通ルートの開拓も同時の課題だったんです」。

大規模展示会が、実績を積み上げる場になった

そんなある時、京都商工会議所から、あるプロジェクトへの参加呼びかけを受けた。京都の事業者数社によるプロジェクトチームで、新商品の開発と大型展示会への出展を同時並行するプログラムである。それまで、尚雅堂が大型展示会に出展することはなかった。小さな会社にとって、遠方の大規模展示会への参加は予算、人員的に負担が大きすぎたからだ。

だが、旧来の営業スタイルをこのまま続けていては、商品の品質よりも価格や数量の競争になりやすく、先の事業展開も限られてしまう。松尾さん自身も決して“足で稼ぐ”営業を望んで行ってきたわけではなかったが、ほかに取れる方法が無く、次の一手を考えあぐねていたところだった。商工会議所のプロジェクトに参加する形なら、リスクを最小限に抑えながら大きい市場に挑戦していくことができる。

最初の出展は、2010年2月、国内最大級の見本市「東京インターナショナル・ギフト・ショー」だった。「売り手と買い手が、こんなに対等に商談できる場があったのかと。まずその点に、新鮮な驚きがありました」と松尾さんは振り返る。

尚雅堂は、その後も商工会議所合同ブースでの出展を2年間継続し、3年目の秋に尚雅堂単体のブースを持った。展示会をきっかけに、東京・青山の根津美術館をはじめ、美術館の企画展向けグッズへのOEM採用が決まるなど、これまでになかったタイプの受注を得ることができた。また、全国展開する有名雑貨チェーン店での取り扱いがはじまったことを発端に、大手問屋との繋がりができ、尚雅堂の商品は全国各地へと流れ始めた。

「Interior Life Style Tokyo 2026」展示ブース

尚雅堂ブランドと「ADASHINO HOUSE」

「展示会のような場でプロのバイヤーさんの目に留まるには、良いもの、求められるものを作らないといけない。それもまた高いハードルではあるんですが、そこをクリアして得た実績や評価は次への自信にもなります。そういう健全なビジネスを続けていきたかった」。

現在、尚雅堂オリジナル製品の筆頭といえば友禅朱印帖「goen」だ。「goen」は、2015年に発売して好感触を得たのち、すぐに御朱印ブームの波に乗って順調に売れ行きを伸ばした。人気の鍵を握るのは、表紙に使われている友禅紙。伝統的な版をもとにデザイナーが配色を再構築し、現代的でおしゃれにリデザインされた色柄が揃う。

デザインされた色柄を和紙の上に再現するためには、製造を担当する友禅紙職人の高い技術も欠かせない。友禅紙の顔料は、職人が手作業でその都度混色して作るもので、気候や湿度に左右される繊細な作業だ。細やかな調整を繰り返して完成した柄の数々は、現在100種類以上、8シリーズにのぼる。

たとえば、ポップで鮮やかな蛍光色の「neon」シリーズは、当時、ファッショントレンドになりつつあった蛍光色のアクセントからヒントを得て登場し、直後の直接販売イベント「文具女子博」では、まさに飛ぶように売れたという。また、大人の男性にも使いやすいラインとして生まれた「ginger」シリーズは、スタイリッシュなデザインと、京都・黒谷の手漉き和紙など素材の上質感にもこだわったハイエンドな商品群だ。

販売網と商品シリーズの急拡大に伴って、松尾さんは商品パッケージやロゴの統一を行った。それまで無かった尚雅堂のクレジットをすべての商品帯に追加するとともに、「手捺染」「友禅和紙」という文言も加えられた。複数シリーズの全体を貫く、統一的な尚雅堂の世界観を示すためだ。

「ややこしいことをいちいちお客さんに言っても仕方ないだろうって意見もあったんですよ。でも僕は、工芸素材のことも知ってもらえるように発信したかったし、実際に、海外から来られた方も含め、興味を持ってくださるお客様も多いんです」。

そして2025年7月、尚雅堂は、京都・嵯峨野の歴史的建造物保存地域内に、初のショールーム兼直営店舗「SHOGADO ADASHINO HOUSE」をオープン。これを機にデザインされた一連のロゴやパッケージ群は「京都デザイン賞2025 大賞」を受賞した。

「neon」
「ginger」
「KŌSHI」

ビジネスの価値を高めて、持続可能な経営を

尚雅堂商品の素材となる和紙は、越前(福井県)をはじめとする日本の和紙生産地から取り寄せたものだ。製造に関しても、創業当時から関わりのある職人や協力工場で行い、京都を中心とした国内生産ですべてをまかなっている。

一方で、日本国内の小規模の文具問屋や地方の文具店には、今も散発的に廃業が続く。問題は、ものが売れないことばかりではない。近年は、加工先の廃業を受けてものが“作れない”という状況も生まれ始めているのだという。

友禅紙はお土産物屋さんや文具店で一般的に手に入るが、その多くは製造の手間や時間を考えるとあまりにも安価だ。それでいて、手仕事の友禅紙は製造できる枚数にも限りがあり、薄利多売が成り立たない。いま、一枚当たりの単価を引き上げることができなければ、古くから受け継がれてきた技術や素材を存続させられなくなってしまう。

「紙には、安価な素材というイメージがどうしてもついて回ります。でも、好きなブランドで買い物をする時って、商品の品質、デザイン、色が気に入ったからこそ買うのであって、素材自体の原価なんて問題にしないでしょう?僕たちも、そういう部分に付加価値を乗せて、正当な値付けをしないといけないと思っています。尚雅堂の、この柄だからこそ欲しいと思ってもらえるような、良いものを作らなきゃいけない」。

尚雅堂の役割は「ファンを作ること」だと松尾さんは言う。現在の尚雅堂社内には、松尾さん自身のご長男・ご長女を含め若い世代の従業員も多い。「ものを売らなきゃいけないなんて、言われなくても分かってる。でも数字のためなんかじゃ頑張れないだろうなとも思うんですよ。それよりも、尚雅堂のことをよく知ってもらう、尚雅堂のファンを作って喜んでいただくという意識で仕事をしてほしい」。

尚雅堂はファブレスメーカーだ。デザイナー、協力工場、職人たちの力をうまく組み合わせることで、ジャンルを超えて、自由で柔軟なものづくりに取り組んでくることができた。この関係性の中でこそ、未来に向けても挑戦を続けていくことができる。

「大それているかもしれないけど、事業が続いていく中で、関わってくれている人達の生活が良くなっていかなければ会社の存在価値がないと思うんです」。

一枚、また一枚。丁寧に人の手から手へと渡されてきた紙の彩りが、昨日よりも少しだけ、私たちの暮らしを豊かに楽しくしてくれる。

SHOGADO ADASHINO HOUSE Photo by Yohei Sasakura


(取材・執筆/石田祥子 写真提供/株式会社 尚雅堂)




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