解説コーナー | 試験・調査報告

溶接技能継承の新たな取組み


1.はじめに

従来、溶接技能継承には、熟練者が現場で新人や若手の前で実演する方法や、図や口頭でイメージを伝える方法が多く取られてきました。この方法は一定の成果はあるものの、熟練者の指導が感覚的であることや、実際に溶融している箇所は溶接士本人にしか見えないなどの課題があります。そのため、技能向上は本人の反復練習によるところが大きく、習得までに時間を要するケースが多く見受けられます。

一方、近年、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の発展にともない、技能継承について新たな取組みがでてきおり、溶接分野ではVR(Virtual Reality:仮想現実)によるシステム1)、2)やモーションキャプチャーによる動作の記録3)の事例が報告されています。今回は、溶接作業を撮影および測定することで技能の見える化を行い、技能継承に活用した事例を紹介します。


2.複数ビデオ撮影による溶接技能の見える化

図1 複数ビデオカメラによる溶接技能の撮影システム概要
図1 複数ビデオカメラによる溶接技能の撮影システム概要

図1に複数ビデオカメラによる溶接技能の撮影システム概要、写真1に実際に溶接している状況を撮影した画像(実際は動画)を示します。これはティグ溶接による初層の裏波溶接です。撮影装置は4つのビデオカメラとそれらのデータを集積する記録装置で構成されており、同期された4つの映像を見られることが特長の1つとなります。


写真1 複数ビデオ撮影による溶接状況
写真1 複数ビデオ撮影による溶接状況
写真2 溶接遮光面の小型ビデオ
写真2 溶接遮光面の小型ビデオ

左上の画面(CH1)は、溶接遮光面に取付られた小型カメラ(写真2)の映像です。これまでと異なり溶接士の視野に近い撮像を想定しており、教える側と教えられた側で同じ動画を共有しながら『溶接開始から終了までの間に、何を注意したのか?』を説明することができます。右上の画面(CH2)は、電流計と電圧計の映像です。ティグ溶接の場合、アーク長の変化は、電圧の変化としてあらわれることから、溶接士が安定した動きで施工できているかを確認することができます。当然、アーク長が変化しますと、溶込みにも大きな影響がでますので、溶接品質を考える上で重要なパラメータとなります。左下の画面(CH3)は、溶接試験板の裏側から見た溶融池の映像です。今回の溶接条件では、キーホール溶接を行っていることが分かります。溶接中に、裏側の溶込み状況を普段見ることができないので、溶接士は映像から裏波ビードの形成に対するイメージを持ちやすくなります。右下の画面(CH4)は、溶接中の姿勢を撮影したものです。溶接は安定したトーチの動きが品質の安定につながりますが、溶接姿勢自体が不安定になれば、トーチの動きも不安定になるため、品質のばらつきにもつながります。

また、個々の映像から考察するだけでなく、先に述べたとおり、本装置を用いることで、4つの視点を同期して観察できることから、溶接技能や品質に関わるそれぞれの要素を関連付け考察することが可能となり、効率的な技能継承へとつながります。

得られた映像は、新人などへの教材にも活用できますし、貴重な熟練工の技能を記録として残すためにも使えます。また、ゴルフのスイングチェックのように自分自身の溶接中の動きをあらためて客観視することができます。


3.視線計測

溶接中はアーク長、開先の溶融状態、溶融池のスラグの動きなど多くのことに注意する必要があります。そのため、これまでも溶接時の視線は、感覚的には重要視していましたが、具体的に表現することが困難でした。その注意点を可視化するのに有効とされている技術として、視線計測があります。視線計測の特長としては、実際に溶接している本人の無意識の視線についても測定できることが挙げられます。

動画1および2にマグ溶接の視線計測結果を示します。視線の位置は眼球の黒目中心および照射しているLED光の位置から導出しています(写真3)。マークは3種類あり、○:両目、+:左目、□:右目の見ている箇所となっています。動画1の溶接士は、あまり視線が動いていません。溶接後ヒアリングしたところ、次の最終層の溶接に向けて開先の残りを気にしていたとのことでした。

一方、動画2では、ウィービングに応じて視線が動いているのが分かります。こちらの溶接士は、ビードが均一な形状になっているかを気にしていたため、凝固している状況を主にみていたとのことでした。このように、視線の動きや気にしている点が、溶接士によって異なることが分かります(図2)。

動画1 視線計測1

動画2 視線計測2


写真3 視線計測方法
写真3 視線計測方法
図2 溶接士の注意点(開先残り、凝固状況)
図2 溶接士の注意点
(開先残り、凝固状況)


4.最後に

今回は溶接技能継承の取組みとして、「複数ビデオカメラによる溶接技能の見える化」および「視線計測」について紹介しました。実際の溶接指導の様子を動画3に示します。昨今は溶接士不足も課題になってきており、今後さらに溶接士の育成は重要となってくると思われます。このような取組み事例が技能継承の参考になれば幸いです。また、これらの撮影や計測は当社でも実施可能ですので、ご相談いただければと思います。

動画3 溶接指導の様子



<参考文献>

1) https://www.aichi-sangyo.co.jp/index.html
愛知産業株式会社のホームページより「溶接トレーニングシステム バーチャルウェルディング」

2) https://www.shinkoen-m.jp/
株式会社神鋼エンジニアリング&メンテナンスのホームページより「VR研修のための溶接VRトレーニングをスタートアップと共同開発」

3) 細谷ら:溶接学会全国大会概要、第106集(2020-4)、148-149

コベルコ溶接テクノ(株) 技術調査部
小橋 泰三


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