世界につながる一冊を
ーKOBELCO書房ー

Vol.2「つくりかた」を読み解く

普通は見られない現場の裏側には、とっておきの秘密が隠されているかもしれない。他の業界、知らない分野の「つくりかた」を知ることが、自身の専門分野のブレイクスルーに一役買ってくれることもあるだろう。日頃から好奇心のアンテナを伸ばして、できる限り広いジャンルの話題を受け取り糧にしたいものだ。

一人の人間が、自身の職業人生のなかで触れることができる世界はごく狭いものだ。その点、読書は遠く隔たった数多くの現場の裏側を垣間見せてくれる。今回は、さまざまな分野の「つくりかた」を読み解く選書をご提案したい。

ユニークな番組企画のつくりかた

『テレ東のつくり方 日経プレミアシリーズ』

大久保 直和/著(日本経済新聞出版/2018/6/9)
『テレ東のつくり方 日経プレミアシリーズ』

『ガイアの夜明け』、『カンブリア宮殿』、『未来世紀ジパング』、そして選挙報道の“池上無双”。テレビ東京が面白いのは、バラエティだけではない! 数々の話題をさらった報道番組の制作プロデューサーが、自らの体験を通して、テレビ東京のユニークな番組作りの舞台裏を明かす「実録」の一冊。

お金も、人員も限られる中、どうすれば巨大なライバルに立ち向かえるのか。本書で描かれるテレ東の番組制作のアイデアとノウハウには、他分野のビジネスパーソンにとっても大いに参考になるヒントがたくさん詰まっている。

筆者が入社した当時、1990年代のテレビ東京は「カネもヒトも足りない弱小組織」かつ「逆境の報道局」だったという。1991年の湾岸戦争の報道では、開戦とともに報道各社が緊急報道特別番組を展開する中、テレビ東京だけはレギュラー番組のアニメを放映していた……というエピソードは、すこぶる不名誉なほうの「テレ東伝説」だ。


あるいは、1996年秋の選挙報道だ。はじめて小選挙区制度が導入された歴史的な衆院選で、筆者が演出面を取り仕切る体制のもと、テレ東もゴールデンタイムの選挙報道に参戦した。スタッフの総力をかけて、独自路線でワクワクするような番組作りをしたつもりが、肝心の結果は、視聴率わずか2.0%に終わってしまった。


筆者は、この「惨敗」の敗因を次のように分析する。ひとつには、他局と全く同じタイムテーブルの放送で真っ向勝負をしたこと。そして、いかに独自の構成と演出に注力したところで、他局と比較すれば、単なる見え方/見せ方の違いに過ぎなかったことだ。ヒトもカネも足りないテレ東では、選挙特番の本質ともいうべき当落の情報、開票速報において致命的に後れを取ってしまう。


「他局と同じ土俵で戦っては勝ち目がない」。だからこそ、テレ東は戦い方を変えて独自の道を行く必要があった。


速報力で他局に劣るなら「家族で楽しめる選挙特番を」。一般視聴者の素朴な疑問「政治家とは何者なのだろう?」に応え、政治家の人となりを伝えるようなユニークな構成を。そして、番組の“台風の目”となったのは、相手がどんな権力者であろうと、「視聴者目線」「政治記者が聞かないことを聞く」という取材スタイルで業界のタブーに切り込んでいく、池上彰氏の起用だった。


痛烈な失敗の数々から立ち上がり、テレ東の選挙特番が“池上無双”と呼ばれるまでに要した時間は実に14年だというから、その苦悩の深さもうかがい知れる。


本書には、いくつもの「失敗談」が率直に、赤裸々に綴られている。業界こそ違うものの、中には我が身を振り返って、思わず目を塞ぎたくなるようなエピソードもある。華やかなテレビ業界の裏側というわりには、ドラマのように華やかに逆転劇はどこにもない。むしろ、あくまでも地道で失敗だらけの泥臭い展開だからこそ、本書に描かれるテレ東の成功劇には、私たちを唸らせる力がある。


ガイア、カンブリア、ジパング……といえば、いずれもテレ東の揺るぎない看板番組だ。それらの華やかな実績がすべて「ヒトもカネも足りない、他局より劣る。それでも、アイデアの力で逆境を跳ね返して」制作されたものであることに、読者は大いに勇気づけられるだろう。


One more!

実践ワーク

『収録を終えて、こんなことを考えた
カンブリア宮殿 編集後記』

村上 龍/著(日本経済新聞出版/2018/7/20)

「テレ東のつくり方」の中でも数多くのエピソードが紹介される名番組「カンブリア宮殿」。番組の最後に流れるコラムは、インタビュアーをつとめる村上龍氏がゲストについて語る人気コーナーだ。作家・村上龍氏の言葉が鮮やかに描き出す「編集後記」には、逆境を乗り越えて成功を掴んだ160人の生き様と魅力が凝縮されている。



“料理=暮らしと文化”のつくりかた

『世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる』

岡根谷 実里/著(青幻舎/2020/12/18)
『世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる』

インドネシア山奥の台所でココナッツオイルを作る幸福な香りに包まれ、オーストリアの台所で自慢のチョコケーキの秘密を教わる。南米コロンビアでは、ふわふわのホットチョコレートにうっとり……。「世界の台所探検家」として世界各地の台所を巡り歩く著者が、その旅の軌跡を記した一冊だ。

筆者が現地の人と一緒に料理や食事をして体験した、リアルな暮らしと文化のストーリー。家庭の台所と食卓からは、その土地の歴史や社会背景までもが見えてくる。

たとえば、日本では「難民キャンプ」というワードとともに報じられることの多い、パレスチナという地域。多くの人がニュースでしか情勢を見聞きすることのない土地で、人々が毎日囲む食卓の様子、繰り返す日常の暮らしを、私たちは想像できるだろうか。


難民キャンプというからには、テントやバラックが並ぶ荒野のような姿を想像するだろう。だが本書には、商店が立ち並び人々が行きかう、活気あるパレスチナの様子に驚き、圧倒された筆者の感想が率直に綴られる。筆者が訪れたドヘイシャキャンプができたのは1949年。はじめは仮住まいのつもりだった場所にも、人々は家族を作って日々の生活を築き、約70年の間に街のような姿にまで至ったのだ。


イスラエルは、しばしばパレスチナへの電力供給を止める。筆者が訪れた家庭でも、電気式のグリルでチキンを焼いている最中に停電が起きた。だが、家族は「またか」と言いながら、何でもないことのようにチキンをガスコンロに移して、料理を続行するだけだ。チキンはふっくらとおいしく焼き上がり、灯りを失って真っ暗な台所に、子どもたちのふざけ合う明るい声が響く……。


筆者が記していくのは「料理」のことだけに留まらない。本書は、台所を起点にしながら街を巡り、観光ガイドブックからは知ることのできない各地のリアルな雰囲気、空気の匂いと人々の話し声を肌感覚に伝えてくれるような「旅の記録」でもある。


私たちはいつも、これを観たい、あれを食べたいと楽しみに計画して旅先へ向かう。だが実際の旅先には、たいてい想像の範疇を越えたものが待っている。ガイドブックに書かれていなかったものに出会ってはじめて、当地の人々の暮らしと文化の成り立ちに触れることができる。


あなたなら、筆者の訪れた当地をどんなふうに歩くだろうか。


“名作”のつくりかた

『名作椅子の解体新書
見えない部分にこそ技術がある。名作たる理由が、分解する、剥がす、組み立てる、張り替えることで見えてくる!

西川 栄明、坂本 茂/著(誠文堂新光社/2020/12/10)
『名作椅子の解体新書』

ザ・チェアなどの“名作椅子”や、フィン・ユールなどの著名デザイナーがデザインした椅子は、どのような技術を駆使して作られているのだろうか? 接合方法や強度の持たせ方、デザインを生かすための工夫……、外見からは想像できない部分への創意工夫には、名作の名作たる所以が隠されている。

本書は、解体(分解)、組立、座面の張り替えなどの工程を、写真入りで詳細に紹介したビジュアルブック。解体を通じて椅子の特徴、構造、デザイナーの思いを探り、膨大な写真とともに「名作の理由」を解き明かしていく。

本書は、傷んだ椅子の修復作業などに多数立ち会い、取材を重ねて集められた、解体と修復の貴重な実例集だ。解体・修復作業を通じて見えてくるのは「どのような技術が駆使されているか」、「素材の特徴」、そして「経年劣化によって生じる現象」である。


デンマークを代表する家具デザイナーのハンス・Jウェグナーが手掛けた名作「CH24(カール・ハンセン&サン/ 1950年発売)」は、「Yチェア」と呼ばれて親しまれている。「Y」の文字の形をした背板が愛称の由来だが、この背板は単板を3枚張り合わせた成形合板をY字形に加工したもの。「Y」は、単なる見た目だけのデザインではない。Yチェアの背板は柔軟性が高く、組み立ての際に背板をねじってアームのホゾ穴に入れやすいのだそうだ。また、一枚板の無垢材に比べると、組み立て中、使用中ともに木材の割れも起こりづらい。


また、数多くの椅子を見比べて顕著な差を感じるのは、たとえば座面の部分だ。座面を編んだ椅子ならば、その素材は籐やペーパーコード、麻テープ。張地の場合は布や皮革と、張地の内側に詰める綿やウレタン、ヤシなどの植物繊維。これらを解体して座面を剥がしてみると、経年劣化の経過が全く異なる様子が見て取れる。もちろん、修復に用いられる技術も各々で全く違う。


椅子研究者として多数の著書を持ち、なにより自身の好奇心から「実際に解体してみたい」と取材を重ねた著者だからこそ、本書には「ここが知りたかった!」「ここを見てみたかった!」という厳選された貴重な写真が揃っている。詳細な解説とともに、デザイナーの、そして筆者の思いに触れてみよう。

(文:石田祥子)




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