技術レポート (Vol.62 2021-3)

高能率溶接プロセス搭載
ハイエンド溶接機SENSARC RA500


小川 亮
(株)神戸製鋼所 溶接事業部門 技術センター

1. はじめに

当社は高性能ガスシールドアーク溶接機SENSARC™ RA500(以下RA500)を開発した(図1)。現行機種SENSARC™ AB500(以下AB500)を包含する上位機種として、今夏より発売を開始した。当社が得意とする建築鉄骨や、建設機械をはじめとする産業機械など、中厚板の自動溶接に適した高能率溶接プロセスと機能を備えたハイエンド溶接機である。


当社は自社製品である溶接材料・溶接装置ロボット・溶接機によるトータルソリューション技術により、溶接の「高品質化」・「高能率化」・「環境負荷低減」に貢献することを目指している。RA500はSENSARC™シリーズのフラッグシップとして、その一翼を担うものである。以下にその特長を紹介する。

2.RA500の特長

2.1 基本仕様

(1)溶接電源

RA500とAB500との仕様の比較を示す(表1)。RA500は100%使用率を、直流定電圧は450Aから500Aへ、直流パルスは400Aから450Aに拡大し、大電流域の溶接を可能とした。拡大した大電流域に対しては新たな出力制御を検討し、高能率かつ高品質な溶接に配慮した。また、制御周期とフィードバックサンプル周期を格段に高め、緻密な出力制御を可能とした。これによりさまざまな溶接モードや溶接条件に最適な溶滴移行とビード形成を実現することができる。


表1 従来機との仕様比較

  RA500 AB500
使用率 100%-500A DC-CV
100%-450A PULSE
60%-500A PULSE
90%-500A DC-CV
100%-400A PULSE
40%-500A PULSE
外形寸法
質量
W363×D629×H810(mm)
71Kg
W370×D663×H685(mm)
69Kg
運転条件 周囲温度-10~40℃
湿度20~80%
同左
制御 制御周期 Max. 12.5μs
フィードバックサンプル周期 2MHz
制御周期 50μs
フィードバックサンプル周期 40KHz
I/F ARCMAN™ EtherCATスレーブ ARCMAN™ CANOpenスレーブ
自動機 EtherNet/IPスレーブ
アナログ接続

電源本体の外形寸法は現行機種AB500と比べ、高さは+125mmとなるが、設置面積比は同等以下とした。また、強制空冷は側面から吸気し、前面背面から排気するサイドフロー構造を採用し、冷却能力を向上させている。さらに、メンテナンス性を考慮し、ヒートシンクなどの清掃を前面パネルからも行える構造とした。これによりロボット溶接システムから電源を移動させることなく、簡易的な清掃が可能となった(図2)。

図2 サイドフロー構造

RA500の自動機との接続仕様は、当社ロボットの場合はCBコントローラのみとなる。またAB500はロボット専用溶接機であったが、RA500はロボット以外の自動溶接機との接続を考慮した設計としている。

(2)送給装置

これまでの送給装置とは異なり、溶接回路を不用意な接触から保護するフルカバー構造とし、ワイヤ送給装置の規格の最新版を満足している(図3)。加えて、送給モータの防塵性を高め、IP規格保護等級はIP50である。

図3 送給装置外観

また、送給装置としての性能も向上させており、定格負荷トルクは約15%増、耐久時間は従来機の1.5倍である(ワイヤ送給速度22m/min, 負荷トルク1.5Nmの場合)。このように安全性、防塵性、送給力と耐久性を兼ね備えた送給装置であり、溶接装置ロボットの自動溶接用として十分な性能を確保している。

(3)標準溶接モード

汎用的な軟鋼用溶接材料を中心に、それぞれの材料特性に合わせた溶接モードを標準搭載する(表2)。RA500ではフラックス入りワイヤの溶接モードとして、ルチール系とメタル系の2つを用意し、よりきめ細かい出力制御による溶接品質の向上を目指した。軟鋼以外の溶接材料に対しても、必要に応じて溶接モードを作成し搭載することが可能である。


表2 標準溶接モード

溶接法 シールドガス 溶接材料 ワイヤ径
直流定電圧 CO2 軟鋼ソリッドワイヤ 1.2mm, 1.4mm, 1.6mm
軟鋼フラックス入りワイヤ(ルチール系) 1.2mm, 1.4mm
軟鋼フラックス入りワイヤ(メタル系) 1.2mm, 1.4mm
ステンレス鋼フラックス入りワイヤ 1.2mm
Ar+CO2 軟鋼ソリッドワイヤ 1.2mm, 1.4mm, 1.6mm
直流パルス Ar+CO2 軟鋼ソリッドワイヤ 1.2mm, 1.4mm

100%使用率の拡大に伴い、直流パルスでは400A超の電流条件が高能率化を目的に使用可能となった。ソリッドワイヤの1.2mmを一例にその効果を説明する。

溶融速度と出力電流の関係を示す(図4)。直流パルスの100%使用率は450Aであるが、1.2mmワイヤの送給速度や溶融金属の安定性を考慮すると、溶接電流は430A程度が上限と考える。ワイヤ溶融速度は180g/min程度となり、AB500に比べて約22%向上する。

図4 溶接電流とワイヤ溶融速度

また、一般的に400A超の溶接条件下ではパルス溶接であっても、細かなスパッタの発生が見られる。RA500はこの領域に最適なパルス出力制御特性を有し、極限までスパッタ発生を抑えている(図5)。

図5 付着スパッタ比較

高能率化の具体例として、板厚16mm、50° V形突合せ溶接のアークタイム試算結果を示す(図6)。使用ワイヤは建設機械向けに当社が推奨する、アーク安定性、ワイヤ送給性、耐チップ摩耗性を特長とした[F] MIX-50Rである。初層と仕上げ層は溶接条件を大きく変更することはできないが、主に中間層にてRA500の効果を発揮できる。中間層の割合がもっとも小さいこの積層においてもAB500に対して約13%の能率向上となる。

図6 突合せ継手溶接の能率比較例

2.2 高能率Ar+CO2溶接法シリーズ

標準溶接モードに加え、RA500に搭載予定である当社独自のAr+CO2混合ガス高能率溶接法を以下に紹介する。

(1)大電流MAGプロセス

2012年に発売した、AB500の並列運転と当社フラックス入りワイヤによる大電流GMAW法である。大電流に適した出力制御とフラックス入りワイヤにより、大電流時のローテーティング移行を抑制することで、スパッタおよび気孔欠陥の少ない、健全かつ高能率な溶接を実現するものである(図7, 8)。現在もユーザからの根強い支持を受け、着実にロボット溶接システム数を伸ばしており、RA500並列仕様システムへ継承していく。

図7 大電流MAGプロセス
図8 大電流MAGプロセスによる溶接一例

RA500ではAB500に比べてロバスト性を高め、急激なチップ母材間距離の変化などに対するアークの乱れが小さくなっている。後述するソリッドワイヤによる「新パルス制御プロセス」の大電流域と比較しても、アークの乱れは小さく、大電流GMAWとしては大気由来の耐気孔欠陥性にもっとも優れる溶接法であると言える(図9)。

図9 大電流MAGプロセス(動画)

(2) タンデムMAGプロセス

当社の高能率溶接法として、もっとも歴史のある溶接法であり、新たな溶接機とともに進化を続けている。RA500タンデム溶接システムは2022年4月から販売開始予定である。

RA500は、ソリッドワイヤモードに加えて、フラックス入りワイヤによるタンデム溶接モードを搭載する。タンデム溶接法は2電極による溶着速度の増大とともに、電極が分割されているため、同一溶着速度のシングル溶接に比べてすみ肉溶接における高速溶接性に優れる特長がある。しかしながら、さらなる高速化の課題はビード形状が凸になりやすいことであり、特にソリッドワイヤでは顕著な傾向を示す。そこで、ルチール系フラックス入りワイヤを用いて、溶接金属を被覆するスラグを利用した、高速溶接時のビード形状の改善を検討している。フラックス入りワイヤはスラグ量の調整がソリッドワイヤに比べて容易であり、余盛や止端形状など、求めるスペックや溶接施工により、最適なワイヤ設計が可能である。高速化に限らず、溶接施工法の可能性を広げるものと考える(図10)。

図10 フラックス入りワイヤによるタンデム溶接の一例

(3) 新パルス制御プロセス

RA500では、ソリッドワイヤの直流パルスモードに新開発のパルス制御を採用し、小電流から大電流まで全領域において安定したパルスアークを実現した(図11, 12)。特に、これまで課題であった500A超の大電流溶接における溶融プールの揺動を新パルス制御により抑制し、止端の整ったビードを形成することができる。また、母材に付着するスパッタも少ない(図13)。ただし、大電流域では溶滴移行がローテーティング移行となることもあり、シールドガスの乱れによる大気由来の気孔欠陥が発生しやすいため、十分な注意が必要である。

図11 新パルス制御イメージ

上:従来制御/下:新パルス制御

シールドガス:Ar+CO2, ワイヤ:1.4mm [F]MG-50R, CTWD:30mm
溶接電流:約600A, 溶接速度300mm/min,
ウィービング条件:8mm-100回/min

図12 新パルス制御と従来制御比較(動画)

図13 ビード外観比較

この新パルス制御プロセスにおける、適正な溶接電流の上限は560A程度(ワイヤ径1.4mm, 並列仕様の場合)と考える。ワイヤ溶融速度は約260g/minとなる。安定したビード形成の限界が500A程度のAB500に比べて、溶融速度は約20%向上する。これ以上の出力も可能ではあるが、溶融金属が先行して流れるなど制御が困難となるため推奨できない。溶融速度と出力電流の関係を示す(図14)。

図14 溶接電流とワイヤ溶融速度

具体例として、板厚16mm、50° V形突合せ溶接のアークタイム試算結果を示す(図15)。AB500に対して約14%の能率向上となる。

図15 突合せ継手溶接の能率比較例

2.3 新機能とアプリケーション

RA500の溶接モードおよびプロセス以外の新機能について紹介する。

(1) ロボットとのインターフェースおよび組合せ機能

RA500は当社ロボット溶接システムの溶接機として、その通信方式にEtherCATを採用しており、その通信速度およびロボットとの同期性能を大幅に向上させている。

ロボットとの同期性能向上により、アーク倣い性能の向上はもとより、ロボットの姿勢や位置、また瞬時の溶接状態に応じた溶接機の特性を選択することも可能となる。

また、ロボットと溶接機とのデジタル通信により、溶接状態や各種情報をリアルタイムに上位システムに上げることも可能となっている。例えば、溶接機の稼働時間や溶接時間の記録、各種アラーム、溶接電流やワイヤ送給速度負荷などのモニタなど、生産の状態や溶接機のメンテナンスに役立つ情報などをロボットを通じて上位システムにて上げ、ユーザにて管理運用することにより、生産性向上に利用できる(表3)。


表3 ロボットとの組合せ機能

メンテナンス情報 ・電源稼働時間
・溶接稼働時間
・溶接電源内部温度
・ファン停止警告
・モータ過電流警告レベル調整
・電圧検出異常レベル調整
溶接関連情報 ・電流電圧モニタ
・送給速度負荷モニタ

(2)自動溶接機との接続

RA500は当社の多関節ロボットとの接続のみならず、直行型ロボットや各種自動溶接機との接続を考慮した設計としている(図16)。

図16 自動溶接機との接続

これら各種自動溶接機との接続には、アナログ接続方式以外にデジタル通信接続としてEtherNet/IPを採用している。デジタル通信にて接続することで、自動溶接機にて溶接条件や溶接状態、生産履歴の記録などが可能となる。また、自動溶接機側からRA500に対して、溶接対象物に応じた特性・モードの切り替えやアークスタートタイミング、クレータ処理などの溶接条件を逐次指示でき、多様なワークに対応できる。

さらに将来的には、タッチパネルやモニタなどとも接続し、専用アプリケーションを準備することにより、溶接部位ごとに施工記録を閲覧できる機能などを検討する。

3.おわりに

新開発した高性能ガスシールドアーク溶接機SENSARC™ RA500の高能率溶接プロセスと機能について紹介した。今回紹介した溶接モードやプロセスは当社にとっては通過点と考える。今後も新たな溶接プロセスを開発し、RA500とともに、ユーザの課題解決に少しでも貢献できるよう努力し、RA500を進化させていく所存である。



※文中の商標を下記のように短縮表記しております。
FAMILIARC™→ [F]



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