世界につながる一冊を
ーKOBELCO書房ー

Vol.5「失敗」と「再起」のストーリー

災害や事故、社会や組織の変革、家庭や自身のライフステージの変化……。どれほど備えていても、予期せぬ事態に見舞われることはある。現代人は、成熟した社会の下で数多くのチャンスに恵まれる一方で、強いプレッシャーやストレスにさらされる機会も多い。

しかし、失敗を恐れているばかりでは、チャンスをつかむことはできない。とりわけ現代のビジネスマンに求められるのは、失敗の回避よりも、逆境にめげずに何度でも立ち上がることのほうだ。そこで今回は、困難やトラブルに負けず「失敗からの再起」を果たした人々のストーリーから、強くしなやかな在り方を学んでみよう。

新規事業開発のための「実行力」

『失敗の9割が新しい経済圏をつくる』

矢野 健太/著 (かんき出版 /2021/1/18)
『失敗の9割が新しい経済圏をつくる』

新規事業の立ち上げというものは、その大半が失敗に終わるもの……。だが、2017年1月に株式会社パンフォーユーを設立した著者は、幾度もの失敗を乗り越えながら、全国のおいしいパン屋さんと消費者をつなぎ、新しいパン経済圏の確立を目指した。

『 ガイアの夜明け』、『がっちりマンデー!!』、『WBS』、『モーニングサテライト』などの番組でも取り上げられた、「パンとIT」スタートアップ経営者自身が語る事業展開の軌跡。現在に至るまでの「失敗」のエピソードと、各々の問題をクリアしていく過程を知ることで、圧倒的「実行力」が身につく事業開発の入門書だ。

株式会社パンフォーユーは、個人向けの「パーソナルパン」提供サービスからはじまった。魅力的な企画でパンメーカーとの共同事業化を取り付け、製造工程を整備し、クラウドファンディングで新規顧客の獲得と資金調達にも成功した。ところが、リピートを得られずに2か月目にして売り上げが激減。たったの5か月で、サービスを終了してしまう……。


「あれが売れている」、「流行っている」という表面的なブームを追っていては「需要を見ているようで、実は需要を捉えることができない」と、筆者は最初の失敗を振り返る。ブームを追うこと自体は決して悪い方法ではないが、それでは、筆者が最も大切にしたいと考えていた「事業を通じた地域の活性化」にリーチできない。息の長い、地元に根差した事業を育てたいなら、もっと本質的な需要を掘り出し、応えねばならない。


パーソナルパン事業が失敗して残ったのは、行き場のなくなった大量の冷凍パンだった。廃棄するのはもったいないと思い、筆者は、知人の勤める会社で食べてもらえればとパンを送ったそうだ。すると、会社の冷凍庫に詰め込まれたパン約200個は、なんと10分でなくなった。


「もしかすると、オフィス向けの需要があるのかも?」。筆者は各企業を回り、さらに需要を探ってみることにした。現場に行ってお客さんの声を聞くことで、はじめて「パンで、社員の福利厚生」という、それまで考えもしなかった需要が潜在していることに気付いたのだという。


潜在的な需要は「ネット検索をしても出てこない」。こういう情報にこそ「他社が追随してくるまでに獲得できる、先行者利益」のチャンスがあると筆者は言う。私たちの日頃の企画業務においても、同じことが言えるだろう。価値のある情報とはどんな情報のことなのか、それは、どこに行って何をすれば得られるのか。考えさせられるエピソードだ。


企業向け「パンフォーユーオフィス」事業は、堅調に売り上げを伸ばした。一度は失敗した個人向けサービスも、パンのサブスクリプション「パンスク」事業へと姿を変えた。コロナ禍の困難な経済下でも、パンのOEM供給「パンフォーユーBiz」が新たに生まれた。パンフォーユーの事業は、「パン×IT」を軸に、これまで「お客さんと個人商店」という狭い範囲に閉じていたパンの経済圏を、ずっと広く外側へと押し広げたのだ。


新規事業が成功するのは、10件中たったの1件とさえ言われることがある。本書は、そんな厳しい現場を日々奔走する当事者の、赤裸々な失敗談と再起の記録だ。スタートアップ企業や新規事業に関わる人だけに限らず、全てのビジネスマンを勇気づけてくれる「実践書」として、ぜひ手に取ってみてほしい。


One more!

「ベンチャー」OR「スタートアップ」?

日本でよく使われる「ベンチャー企業」という用語は、実は和製英語。非常に広い範囲で使われる言葉で、設立間もない企業、スモールビジネスを展開する企業などのほか、単に小回りの利く少人数の企業を指すこともある。

それに対して「スタートアップ企業」という言葉の起源は、シリコンバレーだ。Google、Amazon、Meta(Facebook)、Uberなど、短期間・高成長の事業を展開する企業のことを指す言葉で、各社の共通点は「今までになかったイノベーション」である。彼らの事業展開は、次の時代のニーズを開拓し、少し先の未来を見せてくれるものだ。国内外での魅力的なスタートアップの動きには、ぜひ注目しておきたい。



失敗の原因は、歴史から学べ

『面白く読めてビジネスにも効く 日本のしくじり史』

大中 尚一/著 (総合法令出版/2020/8/23)
『面白く読めてビジネスにも効く 日本のしくじり史』

歴史には、混迷の時代を生きるためのヒントが詰まっている。かつて「時代の変わり目」となった幕末や戦後、バブル崩壊の時期には、時代の流れについていけずに脱落した人々がたくさんいた。

平家はなぜ滅びた? どうして徳川家康は秀吉を討てなかった? 日本軍が生かせなかった“敗北の教訓”とは?……本書では、元・歴史教師の経営コンサルタントが、日本史上の「しくじり」事例を60個ピックアップ。こうした「歴史的失敗」の経緯を解説するとともに、現代に通じる教訓も示してくれる。社会構造が大きく変化している現代、先の見えない今こそ、歴史を振り返ってみてはどうだろうか。

本書のまえがきでは、「新型コロナウイルス(COVID-19)」による社会構造の変化が語られている。身近な例を挙げるなら、たとえばキャッシュレス決済やテレワークの導入だ。変わっていく社会に「適応できる/できない」の一点において、私たちは、顕著に明暗を分けられていく。そういう意味では「いま」もまた、大きな時代の転換期にあたる。だがこれは、ディテールを変えながら、何度も人類が体験してきたことの再来でもあるのだ。


「古いやり方に固執してはならない」。そんなタイトルとともに、本書では田沼意次のエピソードが紹介されている。賄賂政治を行った極悪人として描かれることの多い田沼意次は、現実的で有能な“生きた経済論者”でもあった。意次は、米を基軸通貨としていた当時の制度を改め、通貨を整理し、貨幣経済への移行に舵を切った。商業を重視して税収増を図り、財政の健全化と経済復調に向けて見事な手腕を発揮した。


ところが、意次の失脚後に政権を担った松平定信は、儒教原理主義者にして頑迷な守旧派だった。出自の低かった意次の政策は、一定の成果を上げたにもかかわらず、疎まれ、すべて廃止されてしまう。通貨制度改革は頓挫し、制度も重農主義へと逆戻り。まさにこの時、江戸幕府は、財政改革の“最後のチャンス”を自ら放棄してしまったのだ……。


私たちがいる今現在もまた、幕末や戦後のような大きなパラダイムシフトのひとつとして、後の歴史に記されることになるのかもしれない。私たちの時代が後の世に「正解」として記されるか、それとも「失敗」と記されることになるのか、今の段階では誰にもわからない。だが、変化の時代を生きる私たちにとって、歴史上の失敗=しくじり事例に学ぶことが、有効な未来への備えのひとつになることは確かだろう。


本書は「経営コンサルタントが、経営者としての歴史的人物を評価する」というユニークな視点で描かれている。現代のビジネスマンとして腑に落ちる記述も多く、歴史ファンでなくても楽しんで読める、魅力的な一冊だ。


動物から学ぶ、人生のサバイバル

『いきもの人生相談室 動物たちに学ぶ47の生き方哲学』

今泉 忠明/監修 小林 百合子 /文 (山と溪谷社/2018/3/30)
『いきもの人生相談室 動物たちに学ぶ47の生き方哲学』

「老後が不安」、「家に帰っても妻が口をきいてくれない」、「個性がないと言われてしまう」、「クラスで目立つといじめられそうで怖い」、「子どもが勉強しない」……。悩み多き人間たちの問いに、いきものたちが答えてくれる「おもしろまじめ本」。

現代社会よりもはるかに厳しい野生の世界で生きる動物たちは、どうやって進化し、どんな生態を持ち、どう行動することでサバイバルしているのか。長い地球の歴史の中で、数多くの環境変化を生き残った強者たちが、人間の悩みに名&珍回答で答えてくれるユニークな「人生相談室」。

たとえば「部署内での足の引っ張り合いがつらい。争って人を蹴落としていくしかないのだろうか」という人間の悩みに応えるのは、意外な回答者だ。ライオンや他の肉食獣たちの獲物を執拗に狙っては横取りし、腐肉も骨も食い尽くす。狡猾な「サバンナの悪役」、ブチハイエナである。


ところが“意外と平和主義”のブチハイエナはこう回答する。「争うより助け合ったほうがいい」。彼らは、他の肉食獣の食べ残しだけでは群れを維持できない。彼ら自身が賢く、強いハンターとして獲物を狩らねば食糧は足りないのだ。ブチハイエナは、通常、単独かせいぜい数匹で狩りをする。だが、彼らが仲間を呼ぶ声は数km先まで届くという。ひとたび協力を求める呼び声が響けば、縄張りに散らばっていた仲間たちは集合して獲物を取り囲み、力を合わせて強敵に立ち向かう。


ブチハイエナにとって、群れのメンバーは共存共栄のために必要不可欠な仲間だ。一般的に10~20頭ほどの群れの中で、各々は序列に従って行動し、無駄な争いを起こすことはない。母親たちは、共同で子育てして乳を分けあう。ケガをした仲間には惜しまず食べ物を分け与える。弱い個体を淘汰したり、仲間同士で傷つけあったりしては、群れ全体が弱体化して肝心の狩りが立ち行かなくなってしまうからだ。そうなれば、群れは共倒れである。


「ボロボロになるまで争うのは人間だけ」だと、いきものたちは人間をたしなめる。自分と組織を守るためには、引き際を見極め、共存する道を探るべきなのだと。


これらは単に、いきものの進化や習性のいちエピソードに過ぎないが、改めて人間の生活と対比しながら読んでみると、確かにどこか示唆的で楽しい。人間だって、いきものだ。おもしろまじめな動物たちの人生指南、ぜひ楽しんで受けてみてほしい。

(文:石田祥子)




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