技術レポート (Vol.67 2026-1)

フラックス入りワイヤの溶接ヒュームに含まれるマンガンの低減


八島 聖 (株)神戸製鋼所 溶接事業部門 技術センター 溶接開発部

1. はじめに

近年、「溶接ヒューム」および「塩基性酸化マンガン」が神経障害などの健康障害を引き起こす可能性があることが明らかとなった。これを受けて、労働者の健康障害防止を目的とした法令の改正が行われた。具体的には、「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令」(令和2年政令第148号)「特定化学物質障害予防規則並びに作業環境測定法施行規則の一部を改正する省令」(令和2年厚生労働省令第89号)が令和3年4月1日より施行・適用されている。これらの法令改正により、「溶接ヒューム」および「塩基性酸化マンガン」は、特定化学物質(第2類物質)として新たに規制対象に追加された。 対象となる作業は「金属アーク溶接等作業」であり、作業場所が屋内外を問わず、アークを熱源とする溶接、溶断、ガウジング作業が含まれる。本規制により、事業者には作業環境測定、 呼吸用保護具の使用、作業主任者の選任、特殊健康診断の実施などが義務付けられており、労働者のばく露防止対策の強化が求められている。

一般的に、アーク溶接によって発生する「溶接ヒューム」は、溶融した溶接ワイヤ、溶滴、および溶融池表面から金属蒸気が発生し、これが周囲空間へと放出される過程で、酸化を伴いながら急冷却されることにより形成される。この際、粒径が数nm~100nm程度の極めて微細な一次粒子が生成され、それらの一部が凝集することで数μm程度の粒子となり、煙として目視可能な状態となる1)

国際基準ISO 7708(1995)では、粉じんを吸入した際の呼吸器内への到達度に基づき、「吸引性粉じん(インハラブル)」「咽頭通過性粉じん(ソラシック)」「吸入性粉じん(レスピラブル)」の3種類に分類されている。粒径が大きい粉じんは鼻腔や咽頭で排出されるが、50%カットオフ粒径が約4μmであるレスピラブル粒子は肺胞まで到達する危険性があるため、粒径ごとの分類基準が設けられている。

粒径別のばく露限界値としては、欧州委員会(EC)の職業ばく露限度に関する科学専門委員会(SCOEL)において、インハラブル粒子:0.2 mg/m³、レスピラブル粒子:0.05mg/m³とされている。 また、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)では、インハラブル粒子:0.1 mg/m³、レスピラブル粒子:0.02 mg/m³と規定されている。これらの国際的な基準を踏まえ、日本国内の特定化学物質障害予防規則(特化則)においては、「吸入性粉じん(レスピラブル)」粒子を対象とし、マンガンとしての管理濃度を0.05 mg/m³と定めている。

また、特化則においては、溶接ヒュームの測定、その結果に基づく呼吸用保護具の使用およびフィットテストの実施が義務付けられている。測定の結果、マンガンとしての濃度が0.05mg/m³以上であった場合には、換気装置の風量増加、あるいは溶接方法や溶接材料の変更など、必要な措置を講じて溶接ヒュームの低減を図ることが求められている2)

本稿ではヒューム中のMn量低減を図った新しいメタルコアードワイヤ [F]MX-A70C6LMnについて紹介する。


2. ヒューム中に含まれるMn量

2-1. 供試材料

表1に供試ワイヤの溶着金属化学成分を示す。AWS A5.18 E70C-6M(JIS Z 3313 T 49J 3 T15-0 M A相当)に該当する低ヒュームタイプの従来品を比較材として設定した。[F]MX-A70C6LMnは従来品と比較してMn添加量を減少させた一方で、溶着金属の強度、低温じん性を考慮し、Ni、Vを積極添加した設計とした。

表1 供試ワイヤの溶着金属化学成分 (mass %)


ヒューム発生量の測定はJIS Z 3930:2013に準拠して実施した。ヒューム発生量測定の概略図を図1に示す。また、ヒューム測定時の溶接条件を表2に示す。ヒューム発生量の測定は、各ワイヤにおいて3回ずつ実施した。溶接はチャンバ内で行い、溶接中はエアーポンプを稼働させた。これにより、チャンバ内の空気が吸引され、発生したヒュームはチャンバ上部に設置されたガラス繊維フィルタによって捕集される。

図1 ヒューム発生量の測定装置概略図


表2 ヒューム重量測定時の溶接条件(ワイヤ径φ1.2mm)


アークタイムと捕集されたヒュームの重量から、単位時間あたりのヒューム重量を算出した。ヒューム中のMn含有率は、SEM-EDS(走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法)による半定量分析を実施した。


2-2. ヒューム発生量とMn含有率

単位時間当たりのヒューム発生量およびヒューム中のMn含有率を図2、図3に示す。

図2 供試ワイヤのヒューム発生量
図3 ヒューム中に含まれるMn量

溶接条件: 260A-29V-300mm/min.
突出し長さ: 22mm
シールドガス: 75%Ar-25%CO₂


[F]MX-A70C6LMnはワイヤ組成の最適化によって、比較的高い溶接電流下においてワイヤ先端に形成された溶滴が、溶融池へ移行する際の短絡回数を低減することが可能となった。この組成改良により、溶滴移行時に発生するMnを含むヒューム発生量が抑制される傾向が確認された。さらに単位時間あたりのヒューム中Mn量は従来品と比較して有意に低減され、作業環境改善に寄与することが期待される。


3. 機械的性質とミクロ組織

ヒューム中Mn含有量の低減と、 AWS A5.18 E70C-6MおよびJIS Z 3313 T 49J 3 T15-0 M A-U規格分類への適合性の両立について評価を行った。溶着金属の機械的性質を表3に示す。[F]MX-A70C6LMnは規格分類における要求性能を満足していることを確認した。

表3 溶着金属の機械的性質


従来品および[F]MX-A70C6LMnの溶着金属ミクロ組織写真を写真1に示す。Mnはオーステナイト安定化元素であり、溶接金属の強度およびじん性の向上に有効な元素の一つであるため、Mn量の減少は機械的性質の低下を招く傾向がある。[F]MX-A70C6LMnは、Mnの代替としてNiなどのオーステナイト安定化元素を用いるとともに、Vを添加したワイヤ組成系である。これら元素の添加により、Mn低減に伴う機械的性質の劣化を補い、溶接金属の特性向上が図られていることを確認した。[F]MX-A70C6LMnのミクロ組織は、亀裂が粒界に沿って直線的に進展しやすいフェライトサイドプレートの形成は認められず、粒径が比較的均一なブロック状フェライト組織が確認された。この組織は、亀裂進展の抑制およびじん性維持に寄与することが示唆される。

写真1 溶着金属のミクロ組織


4. まとめ

溶接作業環境改善の一助として、低Mnヒュームタイプのメタルコアードワイヤを開発した。近年、溶接ヒューム管理の厳正化に伴い、溶接現場作業者の健康保護の観点から、防護係数の高い呼吸用保護具の着用や作業環境における換気設備の充実が求められている。これらの対策は有効である一方で、密閉空間での作業や迅速な設備投資が困難な現場においては、現実的かつ即応的な対応が難しい場合もある。

このような状況において、[F]MX-A70C6LMnの活用は、作業環境の改善に寄与する有効な手段となる可能性がある。今後、さらなる実用性評価を通じて、より安全な溶接作業環境の構築を目指したい。

参考文献

1) 菅哲男 : 溶接材料のヒューム発生現象に関する研究, 大阪大学博士学位請求論文 (2001)

2) 一般社団法人 日本中小型造船工業会 造船所のための溶接ヒュームに関する新規規制対応手引き(2021)

※文中の商標を下記のように短縮表記しております。
FAMILIARC™→ [F]



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