Vol. 05
京・甘納豆処斗六屋4代目/SHUKA代表
近藤 健史さん
“都名物 元祖甘納豆”
「斗六」の引札
甘納豆の起源は幕末頃、明治に年号が切り替わる少し以前のこととされる。甘納豆専門店「斗六」の創業は、1926年(昭和元年)。当時の甘納豆は、まだ人々にとっては目新しい菓子で、「斗六」は、これを“都名物”と取り上げて祇園の南座前に開業したのである。店には甘納豆の製造と小売りのほかに甘味処スペースを備え、南座の出演者や観劇客らを筆頭に、観光客のお土産としても広く愛された。
斗六屋の創業者は、当代である4代目・近藤健史さんの曾祖母にあたる近藤スエノさん。曾祖母の後を祖父、さらに叔父が継いで当代の近藤さんへとバトンが引き継がれ、斗六屋は2026年の今年、ついに創業100周年を迎えた。
2013年、大学院の修了を控え、研究職として就職することを考えていた近藤さんの目に家業の短期アルバイト募集が目に留まった。京都、壬生寺の厄除け「節分会」は、900年続くという歴史ある京都の風物詩のひとつで、斗六屋にとっては年に一度の出店販売の時期である。当時の斗六屋の売り上げの多くは和菓子店への卸販売が占めており、年に一度の節分会は、お客様に直接小売りをする貴重な機会だった。出店は50年近く続く斗六屋の恒例行事で、臨時の売り子を募集するのもこの時だけだ。
近藤さんは、小さいころから生き物が好きだった。京都大学大学院で生物学分野の研究に打ち込んできて、家業を継ぐつもりなど全くなかった。中学生の頃にクラスメイトから甘納豆のことをからかわれて嫌になり、むしろ家業と甘納豆からは距離を置いていた。だから、売り子のアルバイトに手を挙げたのは、単に、本格的に就職活動をする前に、いろいろな仕事を見て社会経験を積んでおきたかっただけのことだった。
ところが、近藤さんは初めて家業の売り場に立ってみて大いに驚くことになる。常連のお客様が「節分会といえば甘納豆」と口を揃えて仰るのだ。たった3日間の間に、3000人もの人が斗六屋の甘納豆を買いに足を運んでくださった。出店を終えて売上金を目の前にすると、近藤さんの胸中には、ある感慨が押し寄せた。「これが、ずっと自分を支えてきた学費だったんだ」。
「それまで、先代や家族から家業を継げと言われたことは一度もなかったし、たとえ言われても当時の私には全く響かなかったでしょう。でもこの時を境に、自分は甘納豆に恩を返したいと考えるようになりました」。
大学院を修了した近藤さんは、有名菓子店に就職して和洋菓子のことを広く学んだ後、2016年、26歳で斗六屋へ入社。しかし、誰よりも近藤さん自身がかつて家業を避けていたように「甘納豆は年配の人が食べるもの」というネガティブなイメージは世間に根強く、これでは需要も先細りの一途だ。この先、事業を引き継ぐうえでこの点を避けては通れない。
手始めに近藤さんが考えたのは、若い人にも興味を持ってもらうために、海外での実績をつくることだった。そこで、2018年にイタリア・トリノで開催された世界最大級のスローフードの祭典「テッラ・マードレ・サローネ・デル・グスト」に甘納豆を初出店。日本以外の国には、豆類を「甘くする/菓子にする」という文化がそもそも無く、現地での反応は決して良くなかった。わかってはいたことだったが「伝統的な甘納豆をそのまま海外に持ち出しても、魅力は伝わらない」ことを確かめた格好だった。
それでも、近藤さんがイタリアで直に見聞きしたもの、出店で学んだものはのちの多彩な展開へと繋がっていくことになる。必要なのは、海外の方にも受け入れやすい、それでいて旧来の甘納豆のイメージを刷新できる次の一手だ。
甘納豆は、古来の「砂糖漬け」による食品保存技術から生まれたお菓子である。豆をやわらかく炊いて、糖蜜(シロップ)に漬け込む工程を繰り返す。豆が限界まで糖分を吸い上げたら取り出して乾燥させ、最後に砂糖をまぶして仕上げる。途中、塩や重曹を加えるなど豆の種類によっていくつかの変数はあるものの、レシピの大筋は極めてシンプルだ。
「職人の感覚とか手技が問われるような属人的な製法じゃないんです。たとえば、豆を煮る時間と回数は豆の種類によっても異なりますが、いずれも縦軸に煮汁の温度、横軸に経過時間を取ってグラフ状に示すことができます。シロップの糖分濃度と豆を漬ける時間も同様です。各工程に必要な管理はほぼ数値化できるし、データに基づいて作れば再現性も高いんです」。
イタリアから帰国した近藤さんは、地元のクラフトチョコレートブランドの協力を得て、カカオ豆を素材とした「加加阿甘納豆」の開発に取り組んだ。世界中の人々に広く愛されているお菓子の筆頭といえば、チョコレートだ。
斗六屋に代々伝わるレシピに基づくと、豆は煮崩れる直前まで柔らかく炊かねばならない。そのため、カカオ豆の下処理や炊き方には苦慮したという。2020年、近藤さん自身の内心には「カカオ豆が硬すぎるのでは」という懸念も残しつつ「加加阿甘納豆」の発売に踏み切ったというが、この食感が、新たに増えた若い層のお客様からは「硬くておいしい」という意外な感想を呼んだ。
「ただ、カカオ豆に続く新商品をもっと出せば甘納豆そのものの古いイメージを変えられるかというと、そこまでには至らないだろうと思ったんです。一度、甘納豆というお菓子自体を再解釈して、ブランドの根底から作り直す必要がありました」。
そこで2022年、近藤さんは、種と糖だけでつくる古くて新しい種の菓子“種菓/SHUKA”ブランドを発足。いずれの商品も、食感や硬さを含めて従来の斗六屋レシピの発想を見直し、現代的にアップデートした。定番商品は、昔ながらの斗六豆(白花豆)、瑞穂大納言小豆、丹波黒豆のほか、スーパーグリーンピスタチオ、カシューナッツ、そしてカカオの6種類。“種を愉しむ”のブランドコンセプトに沿って、素材そのものの個性を味わえるラインナップだ。
2018年のイタリア出店以来、近藤さんにはもう一つ心に決めていたことがある。ジェラートへの挑戦だ。近藤さんは、著名なジェラート世界チャンピオンのもとで技術と実践を教わり学びつつ、オリジナルの植物性ジェラート開発に没頭した。
ジェラートの味と食感を決める重要な要素は脂肪分、糖分、水分と空気の割合で、その配合理論は厳密な数字と計算に基づいている。牛乳不使用のジェラートを作るにあたっては、種が豊富に含む脂肪分を利用して植物性のミルクを抽出する。近藤さんは、豆系のフレーバーには豆乳を足して、ナッツ系にはナッツの油脂だけでつくるナッツミルクだけを用いて種菓と同様のフレーバー6種類を開発。2023年8月に「SHUKA gelato」の販売を開始した。
「アジア人のうち約80%の人は乳糖不耐症だと言われています。私自身も牛乳や乳製品を摂りすぎると具合が悪くなるんです。だから、誰にでも楽しめて、それでいて決して牛乳製品の代わりじゃない、本当においしい植物性ジェラートを提案したかった」。
2026年1月にイタリアで開催された国際見本市「SIGEP 2026」内のジェラートコンテストでは、世界中から集まった参加者の中から、アジアのカカオとココナッツシュガーを組み合わせたSHUKA gelato「カカオ アジアティコ」が健康部門で4位を受賞した。
「カカオ アジアティコ」で得た成果をもとに、近藤さんは今後、定番フレーバーのレシピについても改良を加えるという。2023年の発売以来、定番6種類のレシピは継続して改善を続けており、人々の味覚やトレンドの変化にきめ細かくフォーカスしている。
「今年、斗六屋は創業から100周年を迎えました。でも、私自身はいわば中継ぎの立場にあると思っています」と近藤さんは言う。今後も事業を安定的に継続するには、自分の足元だけに目を注いでいても万全ではないだろう。特に、気候変動や世界情勢の悪化など、食材調達において不安な要素は無視できない。
「その点、豆は栽培時の環境負荷が低く、条件の悪い土地でも育つ、サスティナブルで良質な植物性タンパク質です。だから、豆を食べるということは、身体にも地球にも健康的な選択なんです。将来のことを考えると“食べた分は植える”というところまで意識したブランド運営をしたい。またSHUKAのお客様にも、その循環の中に参加していることを実感していただけるよう、今後も工夫していきたいと思います」。
次の100年が待っている。近藤さんは、人々が古来愛してきた「豆」と「種」の食文化を、遠い未来へと連れていく。